LASAUGE(ラ・ソージュ)という文化会館から
 発行されている雑誌に
 「エルザ」のママ『平澤璋子』さん
 「八城寿司本店」の女将さん『西河一子』さん
 のインタビューが掲載されていました。
 ダイジェストですがその様子をお伝えします
 詳しくはラ・ソージュ25号をお読みください
 文化会館・新光堂などで販売されています

                                          八城寿司本店はこちらから
「エルザ」のママ  平澤璋子さん
諏訪公園の西南、居酒屋や映画館が並ぶ横町に
「舶来居酒屋エルザ」の小さな目立たない入り口がある。
昔は「ここからが花街」を意味する門があり、そのすぐ外だったという。
周りはすっかり変わってしまった中で
「エルザ」だけは、50年の間その姿を変えていない。
          
〈略〉
「舶来居酒屋エルザ」が昭和33年9月7日に開店しました。
最初はカトレアという名前の予定でした。マッチも案内状も配って
さあ、開店という一週間前にお隣の煙草屋さんが「カトレア」という
名前でお店を始められたんです。大騒ぎになりました。でもとにかく
別の名前に変えなければ、と言うことで、どっから取ったのか誰かの
思いつきで「エルザ」になりました。
〈略〉
あまり乗り気がなかった私とこんな商売には全く素人の夫が「ふたりでいい
お店を」の夢を目指すことになったんです。夫は一念発起してバーテンダーの
修業をし、四日市一の名バーテンダーと言われるようになりました。

お店もふたりでやると決めた時に、このようなお店の設計に詳しい方に
すっかりお任せして改装しました。「舶来居酒屋」に良く合う雰囲気で
もう50年になりますが、磨きこんで大事にしております。

39年に主人が隣に「万平」というお店を開かせていただきました。
四斗樽の日本酒と、和風のおつまみを楽しんでいただくお店でした。
全く対照的な、「舶来居酒屋」と「和風居酒屋」の両方でお客様に楽しんで
もらおう、というのだ主人の夢だったと思います。
二つのお店をやっていくのは大変でした。でもおかげさまで両方とも
大変多くのお客様に来ていただきました。ところが、ほんとに残念なことに
夫が体を壊してしまし「万平」は45年にお店を閉め、また、ふたりで
「エルザ」を続けることにしたんです。

〈略〉

人生は、お金だけじゃないけど、愛情だけでもやっていけない。いい想い出が残る
生き方をしたい、そのためにはいつも誠実でありたいと思って生きてきました。
おかげさまで、お客様にとても恵まれました。会社の景気がよく、皆さんも
元気な頃は、外国の方や芸子さんを連れたお客様もよくきていただき
とてもにぎやかでした。今では想像もできないこと・・・懐かしいですね。

うちのお客様はご家族でお付き合いくださる方が多いんです。。お嫁さんができました
赤ちゃんが生まれました、孫ができましたとかいって来てくださる。また、昔来て
いただいた方が何年ぶりかで突然、お顔を出してくださるのも楽しみです。
最近、飲むだけのお店では無理で、食べて飲むだけのお店では無理で
食べて飲むお店にしなければダメなのでは?と考えることがあります。
でも、私の代は「静かに飲み、そして語り合う」お店でいたいと思っています。

お客さまから、「50年もお店が続けられたということは、四日市でその価値が
認められた大事な存在なんだから、きちんと存続させる責任があなたにはある」
と言われました。有難いと思いました。とても重いことですが、なんとかそれに
お応えしたい。アルバイトに来てくれていた孫の男の子があとを継いでくれないかな。
50年の歴史に新しい感覚を持ち込んで・・・、それが今の夢ですね。

店内の造りは50年前と何も変わらない。つまみはほんとうに「つまみ」程度のものしかない。
これも昔からそのまま。そしてママさんも、50年間変わらない。
タイムスリップしたような空間で、BGMのJAZZを聞きながら、
ただ静かに飲む店である。
                                 
LASAUGE(ラ・ソージュ)第25号より

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