LASAUGE(ラ・ソージュ)という文化会館から
 発行されている雑誌に
 「エルザ」のママ『平澤璋子』さん
 「八城寿司本店」の女将さん『西河一子』さん
 のインタビューが掲載されていました。
 ダイジェストですがその様子をお伝えします
 詳しくはラ・ソージュ25号をお読みください
 文化会館・新光堂などで販売されています

                                             エルザさんはこちらから
「八城寿司本店」の女将  西河一子さん
諏訪公園西の通りを北に向かって歩くと、通りの右側には
料亭や居酒屋が並ぶ。その何軒目かに「八城」がある。
このあたりは、四日市の夜の繁華街で、公園の南と北の通り沿いには
たくさんの屋台が軒を連ねる時代もあった。
          
八つのお城を構えよう

「八城」という店の名前には、こんな夢が秘められていた。
末広がり「八」に願いを込めて・・・


昭和37年に板前をしていた今の主人と結婚したんです。
二人の夢は「自分たちの店を持つこと」で息がぴったり合った
新生活のスタートでした。そして、昭和39年5月5日に
カウンターだけのお店『八城寿司を開店しました。
その次の夢は、「お部屋も持って、きちんとした
和食を扱う料理屋さんをやりたい」でしたね。
おかげさまで和食処、居酒屋とお店を広げることができました。
気がつけばもう45年ですね〜・・・。

〈略〉

45年もお店が続いた・・・なんか秘訣はありますか?。

当たり前のことですが、長くお客さんに来ていただける店は、「おいしい、でも
高くない、そして居心地がいい」の3つが揃わなければと思うてます。
でも、それはとても難しいことですね。ただ、そのことをいつも頭に置いて
誠心誠意努力することしかないと思うてます。

幸いなこと、悩み事はいろいろありました。でもね、お店では、いつも
明るくなければね。私は、楽観的なの。なるようにしかならへんわさ、
いっしょうけんめいやるだけやん、なんとでもなるわさ、って
わりきってます。「頑張ればなんとかなる」しかないでしょ、
でも、できる限りの努力はしますよ。

嬉しいこともありましたよね?

お客さんに喜んでもらえたと感じた時はいつも嬉しいですよ。
そうそう、ある企業さんの工場の中のお稲荷さんのお祭りに、
毎年店を挙げてお手伝いに行ってたことがあるました・・・
懐かしいですね。お寿司だけでなく、いろんな食べ物の屋台を
並べてとても賑やかでしたよ。

昔来ていただいていたお客さんに何年ぶりかでひょっこり顔を
出していただいたときも嬉しいですね。常連のお客さんがいつも間にか
ずいぶん偉い人になっていたり、中にはお若い頃忘れ物を
お届けした方が今は大社長とか、いろんな方々とお付き合いができ
しかも長く続いています。何より嬉しいことですね。

〈略〉

思い残すことなし

まだ夢がありますか?

「八つの城」の夢は実現しなかったけれど、「八城」という名のお店を
続けられたこと、そして、それを引き継いでくれた子供たちがいること、
十分夢を達成できたと思っています。孫も、なんと9人と恵まれましたから
おばあちゃんの役もたっぷりさせてもらっていますしね。

趣味で陶芸をやったころがあるんです。一番最初にね、初孫の記念に
ご飯を食べるようになった時の茶碗を作ろうと思うたんです。
初めてやもんで、このくらいの大きさかなあ〜って作ったんが
焼いたらちいちゃくなってしまって。焼くと縮むということを
知らなかったんです。いくら子供茶碗でも小さい。けれど、ぐい飲みに
しては大きい。お客さんに選んでもらうぐい飲みの中に混ぜて
入れときましたよ。まだどこかにあるかな〜。

息子夫婦が、それぞれ店を仕切り、嫁に行った娘が毎日来てくれる
家族kみんなの「八城」であることがとても嬉しいです。

これからの夢は、「八城」がさらに世代が代わっても「魅力のあるお店」
であり続けることですね。

「居酒屋」でのひとときで、安らぎや元気をもらったり、思いがけない
出会いがあったりする。「居酒屋」の存在をありがたく思う人も多いだろう。
「八城」の女将さんは、「あと10年くらい頑張るつもり」という。
ご健勝を祈りたい。

                                 
LASAUGE(ラ・ソージュ)第25号より

                              八城寿司本店HPはこちらから